投 稿 作 品  (柏木 さん)
 




 
  女房に、喪服を着せて連れて来い!
  喪服のブラウスがびっしょり濡れるくらい、血を吸ってやるから。
  お前は服屋なんだから、きっと、喪服ですらセンスがあるんだろう。
  たっぷり愉しんでやるよ・・・。

  わたしの血を、理性もろとも吸い取った吸血鬼は、
  ふたたび首すじに、顔を近寄せてきて、
  こんどは血を吸う代わりに、悪魔の囁きを・・・冷え切った耳たぶに吹きかけてきた。

  それは毒液のようにわたしの鼓膜を侵し、脳裡を染めて。
  「妻を逢わせてはならない」と叫ぶ理性を、もっと淫らなものに塗り変えていった。

  家に帰ったわたしは妻に「逢わせたいひとがいる」とだけ告げた。相手のことを伏せたままで。
  喪服に網タイツを穿くように・・・というわたしの指示を訝りながらも、
  妻は言われたとおりに喪服を用意して装うのだった。

  ヤツのいうままに、連れていった妻は、半開きになったドアの向こう側。
  目隠しをされて、不安そうにベッドサイドに佇んでいた。

  やがて、ヤツがむこうのドアから入ってきて、
  それは嬉しげに相好を崩して、獲物にまっすぐに近づいて行く。

  妻はヤツに抱きすくめられて、つかの間の抗いもむなしく、首筋をガブリと咬まれていった。
  わたしがそうされてしまったのと、まったく同じ経緯で・・・いともやすやすと。

  さすがに服屋の女房だ。喪服といえども、お洒落だな。
  肩を抑えつけた妻に、息荒くのしかかりながら、やつは妻の衣装を乱してゆく。

  折り目正しい礼装は、乱されることでかえってふしだらさを増幅させるもの。
  まして・・・黒一色の服地のすき間からあらわにこぼれる白い肌は、
  舌なめずりするほど、おいしそうに映えていた。

  さいしょは表情も硬く、重ね合わせた両手をきつく握りしめたままだった妻は、
  やがてためらいがちに、相手を始めて、
  さいごにははしたなく、ヤツの術中に堕ちていった・・・。
  喪服の下に身に着けた、淫靡に輝く網タイツの脚を―――それはいやらしくくねらせながら。

  はぁはぁはぁ・・・
  ふぅふぅふぅ・・・

  荒い吐息が、ふた色になるころ、
  昼日中からはじまった、夫公認の情事は、限度を忘れて、
  もう、夕陽が翳りはじめている―――。
 
  
 
  俺の女房に、ならないか?
  ヤツの言いぐさは、どこまで本気なのだろう?
  決して生命は奪わない、おまえからも奪わない。
  たしかにそういう約束で、妻と逢わせてやったはずだったのに。

  キケンな囁きに、妻は顔をそむけながら、
  いいえ。
  そのときだけは、はっきりとしていた。
  あのひとの妻のまま、犯されつづけます。

  ヤツはちょっとびっくりしたような顔をして、
  わたしと妻の顔を見比べると、
  妻に見せびらかすように、麻縄を取り出して、
  慣れた手つきで、ぐるぐる、ぎゅぎゅっ・・・と、縛っていった。

  だんなの意見はどうかな?
  その格好で・・・夫婦ふたりで、話し合ってみることだ。
  結論が出るまでは、このままでいてもらうよ。

  ボールギャグを噛まされた妻は、
  さぐるような表情で、わたしを見つめた。

  鋭いナイフで胸をえぐられるように、わたしはその場に座り込んでいる。
  最愛の妻を目のまえで凌辱されながら・・・。

  そういうときにでも、夫は欲情できるものなのか?
  こんなときでさえわたしは・・・麻縄で盛り上がった妻の豊満な乳房を、
  一匹の牡の眼で、凝視しているのだった。

  それに気づいた妻は、にっこりと微笑んだ。
  照れくさそうに、なにかを羞じるように。そして思い切り、蠱惑的に。

  その瞬間、わたしは吸血鬼の呪縛から、解き放たれた気がした。
  正気に戻ったわたしは、妻のもとへ駆け寄り、ヤツが咬んだ首筋の傷を舐め始めた。

  さあ、吸ってちょうだい・・・妾(わたくし)の、淫らな血を・・・。
  お互い、正気のようで、正気ではなかった。

  半吸血鬼に生まれ変わったわたしは、初めて味わう妻の生き血に、舌を濡らし喉を鳴らしてゆく。
  夫婦のあいだに新たに生まれた歓びを、確かめるように丹念に。

  あとを振り返りもせずに立ち去ってしまった「ヤツ」の行き先など、
  詮索することさえ忘れ果てて・・・。
 
 
 
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